かぐわしきは 君の…
  〜香りと温みと、低められた声と。

    3 (水脈をひく…)



彼が雲上の天の国にて執務についているときの、
いわゆる“オフィシャルな”お顔もようよう知っており。
迷える人々を導くに相応しい、
知的で風格もあっての、いかにも頼もしき存在じゃああったれど。
そういえば…そんな折だって、
随分とフランクリーな態度でもって、
それは朗らかに人々へと接していたイエスだったような気がする。
神の子という重々しい肩書よりも先に、
さすがは西洋人であるということだろか。
はぐれた後での再会なんて折には 衒いなく飛びついて来るし、
眠れない夜には勝手にこっちの布団へもぐりこんで来て、
朝起きると懐ろにいることも実はしばしば。

  あ、それは西洋人だから、でもないのかな?(ないと思います)




 「ブッダっていい匂いがする。」
 「え?え?////////」

言ってそのまま、
くんすんと鼻先を押し付けてくるイエスの率直さはいつものことだったが。
匂いの正体を確かめたくてか、
こちらへと回していた腕の輪を狭めたことで、
ぐんと擦り寄って来た格好の その身の温かさや実感へ。
どうしてだろうか、唐突に顔が熱くなったブッダであり。

 「まだ材料切ってるだけだよ?」

アポイントメントこそあったれど、
常のという意味合いからは予定外の運びから、
ちょっぴりリズムがずれ込んで。
昼下がりに、珍しくもお昼寝を堪能したブッダではあったれど。
イエスから思わぬねぎらいとして凭れる肩と子守歌を提供してもらい、
ぐっすりと眠れて、お陰様で気力も充填出来ましたと、
にっこり復活を告げたブッダ様。
腕まくりして…いやいやもう既に、
夏仕様の半袖Tシャツだったのですが、(おいおい)
晩ご飯にしようねと、さっそく支度に取り掛かった彼だったのへ。
手持ち無沙汰になったのか、それともまだ少々案じているものか、
包丁さばきや手際を眺めにと、
ブッダの背中の 丸みがあっての優しいラインへ、
自身の胸元添わせるようにし、ぴとりとくっついていたイエスであり。
彼だとて簡単な炊事くらいは出来るらしいが、
自分では想いも拠らない献立が出るにつけ、
何をどうやって?という関心も起きてのことなのだろと。
このごろでは、
この懐かれようにも慣れて来つつある ブッダじゃああれど。

 “何だか、お母さんみたいな心境になっちゃうなぁ。////”

それも 今はさておいて。(苦笑)
新鮮な野菜だけに、瑞々しさから香りが立ちもするかもしれないが、
今日は取り立てて珍しい食材も使わない献立だったし。
それへと わざわざ感に入ったと口にするほどでもないだろにと。
やや怪訝そうに訊き返したブッダだったのへ、

 「違うの、ブッダからいい匂いがするんだよ?」
 「わたしから?」

うんと頷き、何の匂いかなぁと、
判るまでそうしているつもりなのか、
ブッダの着ているTシャツへ、顔ごと伏せるよにして
背中のかいがら骨のあたりへ擦り寄るイエスであり。

 “いい匂い、ねぇ…。”

きれい好きではあるから、セッケンの匂いくらいはするかも知れぬ。
髪からならばシャンプーの匂いも。
でもそれならば、いえすにだってすぐにも嗅ぎ分けられるはず。
ついさっきまでお昼寝していた身ゆえ、
いわゆる“体臭”が寝汗となって出て来たものか。

 「浄土ではいつでも何処でもお香を焚いてたから、
  その白檀の匂いかなぁ?」

身に染みついちゃってるのかなぁと、
思いついた心当たりを口にしたものの、

 「ん〜ん、そういうのじゃなくて。」

かぶりを振ると、何だろ何だろ、果物だと思うのだけどと、
やはりくんすんと嗅ぎ続けるものだから。
ブッダの側でもついつい、得心のゆく答えが出るのを待つように手を止め、
肩越しに向背の彼の動静を見守ってしまう。

 「桃、う〜ん、じゃあないな。
  甘くて瑞々しいところは似てるけど、もっと濃いかな。
  ビワとも違うしなぁ。」

甘い匂いなんだけど、それほどべたりとはしてもなくって。
でもでも、桃みたいにお澄まししてもないような、と。
結構 繊細な喩えを並べていたものが、
不意に あっと何にか辿り着いたような声になり、

 「あ、そうだアンズだ。」
 「アンズ?」
 「そう、アプリコットの匂いだよ、これ。」

そうだよ、この甘い匂いは間違いないと、
いかにも大当たりと嬉しそうに はしゃいでおいでで。
とはいえ、そんなの食べてもないし買ってもないけどなぁと、
ますますと小首を傾げるブッダとしては、

 “えっと……。////”

後背からという抱えられよう、
なので、お顔が見えなくての声だけが届く。
いやいや、抱えられているようなものなのだから、
これ以上はなく 接触しているのじゃあるけれど。

 “何だか落ち着かないなぁ。///////”

言えば“何ぁに?”と お顔を前へと出してもくれるんだろうけれど。

  ―― 言うって何を?

 “えっとぉ。//////////”

視線を降ろせば、切っていた途中の素材、
まな板の上に横たわる、重ねられたハクサイの葉が目に入り、

 「イエス、危ないからそろそろ手を…。」
 「え? あ、そうだね。」

ごめんごめんと眉を下げつつの苦笑を浮かべ、
こちらの胸元、懐ろごと抱える格好になって回されていた腕がほどかれる。
接していた身も退いてしまい、背中が空いたのへホッとしたものの、

 “………。”

 何だろう、何でだろう。
 ホッとした意味も判らないし、
 安堵したくせに
 そのままじわじわと…仄かに物足らない感がするのも、
 どうしてなのだか判らない。

 “さすがに、
  触れられるのには慣れたつもりだったんだけどもなぁ。”

無邪気で屈託がないところは、特にイエスにと限ったことではないようで。
あの綺羅々々しくも華やかな大天使たちにしても、
ネトゲ仲間でもあるという気のいい弟子たちにしても、
それは気さくでおおらかだし、
御主であるイエスへの接しようにしても 肩を張らない親しみやすさに満ちており。
戒律がないではないのだろうに、
時にこちらが飲まれてしまいかかるほど、何とも奔放放埒で。
長い長い輪廻を辿ったり、厳しい修行における苦行により
我欲や煩悩を捨てて悟るのが仏教ならば、
誰であれ区別なく受け入れるとするアガペーの導きの下、
素直な心のままに、
無垢であれ自然体であれというのがキリスト教。
そんな慈愛に満ちた教えの開祖たるイエスなのだから、
警戒や疑ぐりなぞとは縁が遠いのも頷けるのだが、

 “そういや、あの梵天へさえ……。”

他でもない今日のむっかりの元凶なので、
さっさと忘れるに限るとばかり、最新の記憶からさえ追い出した存在なれど。
あれほど自己主張の強い、それこそ“唯我独尊”な天部へでさえ、
別け隔ても無いまま接している彼なのだったよなと、
ふと思い出した逸話があって……。




     ◇◇◇


あれは、地上へ降りて初めて
ブッダが高熱に襲われてしまったおりのこと。
地上に降り積む雪に興奮してしまい、
それは冴えたる寒さの中、
これはもう修行するしかないというテンションになっての
薄着で何時間も外にいた結果。
最聖人でも土台は人の子だったからなのか、
それとも 昔よりも性根の悪い進化を遂げた“敵”だったからか。
風邪を引いてしまったブッダが寝込むという事態に陥ったのが、
確か、昨年の初めごろの厳寒期。
普通一般の人が相手なら、
近づいただけで大概の病は逃げてゆくという奇跡を起こせるイエスだが、
相手が聖人ではそうも行かなかったようであり。
結局、人世界の医者に診てもらい、
薬も調合してもらっての一安心となった顛末だったけれど。
風邪でもインフルエンザでも、
体内へ菌なりウィルスなりが侵入しての異変であるがため、
それを追い出そうと熱が出るのは もはや人体の自然の仕組み。
危険はないとするための、解熱効果や抗性効果のあろう薬はもらってあるが、
それでも熱が引かなかったブッダだったのへと焦ったらしいイエスは、
助けてという応援に、何と……

 「……何であなたがいるのですか?」

高熱が多少は引いたものか、意識が戻っての目を覚ました視野の中。
おろおろしていたのが一目瞭然な 涙目のイエスよりも間近にあった、
何とも頼もしき冷静さに満ち満ちた天世界の豪傑プロデューサーのお顔へ、
開口一番、しっかり非難の色濃い一言を投げかけていたブッダであり。

 「ブッダ、気がついたんだね。」

よかったぁ〜と、
今度はそのまま ふやけそうになっているイエスなのへこそ。
こちらも“ああそっか、心配させたのか”と、
反省半分、安心させられたのへの安堵半分、
布団の襟にお顔を埋もれさせつつ、何とか落ち着きかかったものの。

 「すみません、わざわざお越しいただいて。」

ブッダが横になっている夜具の傍らへと座り込み、
ワイシャツの袖を勇ましくもまくり上げている梵天氏であるところと、
恐縮しきりなイエスからのこの言いようというやりとりから考慮するに。
看病に慣れのないイエスが、ブッダの急変再びという事態に驚き、
心当たりで頼れる人は誰かいないかと、
慌てもってのブッダの携帯の“電話帳”から選び出したのが彼だった
…という流れだったらしいことは明白で。

 「いやいや、頼っていただいて正解でしたよ。」

たとえ意識があっても、
しっかり者のシッダールタですから“大事ない”とか言い張って、
その挙句に手遅れとしかねない…なぞと。
言い方こそ、はっはっはっという笑いつきの、
至って壮健快活な語調でではあったものの、

 “病に縁のないイエスを、
  それ以上 怖がらせないでほしいのですが。”

他でもないブッダへの“例えば”だけに、
単なる喩えへさえ おおうと肩を跳ねさせてまでして慄く相方なのへ。
どうか勘弁してやってと、
されど、この段階ではまだ思うだけで収めていたのだが、

 「世話をされるばかりのあなたでは、
  看病の仕方も判らないのも致し方なしでしょうから。」

そりゃあ明朗で歯切れのいいものだったとはいえ、
あまりにも遠慮のない、梵天によるそんな一言へは。

 「……っ。」

何てことを言いますかと、
選りにも選ってブッダの意識のどこかへ、
それは重々しくも苦い塊をどんと落としたこととなり。

 「…何て言いようをしますか、梵天よ。」
 「おお、声にも張りが出て来たようですね、シッダールタ。」

力みの強い双眸をなお見張り、これは重畳と喜ぶ天部であったれど。
ブッダのほうはそれどころじゃあない、
熱のせいかどうかも判らないほどに、
臓腑が煮えたようになっての、猛烈に怒りを覚えてしまっており。
頭も上がらなかったはずが、全力振り絞っての起き上がりつつ、

 「わたしの友へのそのような侮蔑の言、
  いくらあなたであれ、許すことは出来ませんっ。」

 「ちょ、ブッダっ。ダメだよ寝てなきゃ。」

せっかく容体が安定したというに、
何をそんなにも怒髪天状態で興奮しているかなと。
他でもないイエスがおろおろとし、
梵天とは向かい合う位置となる布団の傍らへ、
回り込んでの座ってくれたのへ、

 「君も君だ、どうしてあんなことを言わせておくのっ。」
 「え?」

息を荒げて、手を伸ばしてくるの、
そちらからも身を傾けての受け止めるように支えることで手一杯か。
何を言われたものかがピンと来ないらしいイエスの様子にこそ、
くつくつと笑ったらしき梵天氏、

 「いや、そこまでお元気になったなら
  もう心配は要らぬことでしょう。」

病は気からと言いますから、才気煥発けっこうけっこうと。
どこぞかの高校の熱血体育教師のように、
金言をだがあまり厳かではない口調ではきはきと言い置いてから、

 「では、私はこれで。」

手当てに邪魔でか脱いでおいたらしいジャケットを手に、
すっくと立ち上がり、そのまま玄関へと向かう天部の人へ、

 「あっ、あのっ。本当にどうもありがとうございましたっ。」

立って行って見送らねば礼儀を失するくらいは判っていたイエスだが、
自分の懐ろで、二の腕へとしがみつくよになったままのブッダが、
まだ全快とは言いがたい儚げな力もて、行くなと態度で示したものだから。
懸命に首を曲げての肩越しという格好ながらも礼を言えば、

 「いやいや、お大事に。」

もちょっと、そう、上手に年を取った好々爺のそれを思わせる、
悟りに泰然としておいでの笑顔を返しつつ。
やはり“壮健”としか言いようのない語調で、
天下無敵のご挨拶を残し、ドアの向こうへと去っていかれた梵天様。
特に大暴れをなさった訳でもなかったが、
どうしてだろうか…途轍もない高気圧が齎した入道雲が去った後のような、
そんな色合いの空虚感とか安堵感とか、するすると戻って来たのと入れ違い、

 「……。」
 「あ、ブッダ。」

こちらもそんな圧倒的存在が退いた反動からか、
敵対感情という支えを無くしてのこと、
腕の中でずるずると一気に萎れてしまった風邪っぴきの病人へ。
途端にあわわと慌てふためいたイエスであり。

 「大丈夫。もう熱は下がってるみたいだし。」

随分と気怠くはあるけれど、
眸をつむったら暗転へ吸い込まれてしまいそうなという覚束なさはなく。
起き上がったことですべり落ちたか、
持ち帰りのケーキについていた保冷材が枕元にあったのを拾い上げれば、

 「梵天さんがね、
  熱を下げる取って置きの方法だって教えてくれたんだ。」

体内へ入り込んだ細菌を殺したいとする働きだとはいえ、
体力がないときの高熱は、
頭や臓器の機能を必要以上に痛めつけて危険だから。
首の動脈や腋の下などを冷やすと効果的なのだと、
手づからやって見せてくれたそうで。

 「…っ。」
 「いや、保冷材が1つしかなかったから首にだけだよ。」

途端にバッとその胸元回りへ両腕を巻きつけ、
自分で自分を抱くような格好になったブッダが、
腋の下だって?という警戒のポーズをしたのは、さすがにイエスにも通じたようで。
ただ、

 “何で青くなったんだろう。”

赤くなるなら判るけどと、そこはイマイチ通じてなかったようだったし。(笑)

 「……すまない。」

ほらほら、まだ寝ててと
布団へ押し戻されるのへ、今度こそ大人しく従うブッダが、
だが…やや辛そうにこそりと呟いたのへは、

 「???」

何が?と小首を傾げるヨシュア様。
風邪で動けないのは仕方がないのだし、
危篤に陥っていた間の世話はほとんど梵天さんが…と言いかかるイエスへ、

 「そうじゃなくて…。」

あんな失礼なことをと、先程いきなりいきり立ったその原因を、
申し訳無いとしつつも蒸し返すブッダであり。

 「ああ。だってしょうがないじゃない。」

何をどうすればいいのか、全然判らなかった自分なのは本当。
ブッダが大変だ〜って思って、頭が真っ白になっちゃって。
誰か頼りになる人はと、
悪いとは思ったがブッダの携帯に登録されてた人たちの一覧を見て、と。
ブッダ自身が思っていた通りの、対処をしたらしいイエスだったようで。

 「あっと言う間ってほど、
  いち早く駆けつけてくれたのは嬉しかったし、
  そりゃあてきぱきしていて頼もしかったし。」

 「………。」

そう、あの天部に悪意がないのは判ってる。
手際もいいし、躊躇も知らぬ、
自信に満ちあふれた態度はさぞかし頼もしい限りだったことだろう。

 でも、だけど

物には言いようってものがある。
言葉でだって人は傷つくものなのだし、
彼のような神経まで逞しい存在など、
実は滅多にいないということ、どうして理解しない梵天なのやらと。
もしかしたなら、それこそがあの最強の天部の唯一の弱点なのか、

 “だとしても、
  彼ではなくの周囲が迷惑なだけじゃないか。”

そんな男をイエスが素直に認めることさえ腹立たしいとばかり、
言いようのない憤懣へ、口元をひん曲げたままでおれば、

 「ただね。さっきブッダが怒ったのって、
  私を庇ってのことなんでしょう?」

 「? ああ、そうだよ?」

そこは判っているらしく。
不甲斐ないと思ってか、それとも友の容体を案じてか、
やや落ちてた肩が痛々しいなと見上げるブッダを見つめ返しつつ、

 「ブッダが、私への何かへ怒り出したって。
  こんな弱っているのに、看病してくれた人相手だっていうのに、
  掴みかかりそうなほど怒るなんてって、
  そう思ったら、あのね?」

意識がなかったほどの重篤だったにもかかわらず、
今回は解けてなかったらしい螺髪の上から
濡れタオルで汗を拭ってくれながら、
言葉を区切ったメシア様の口元が、小さく小さくほころんで。

 「ありゃって思えたの。」

短く短く、そんな風に言う彼で。

 「…ありゃ?」
 「うん。ありゃってvv」

ブッダが確かめようと繰り返したような、
語尾が跳ね上がっているのとも違うのらしく。
何かしら失敗でもしたかのような、
語尾の下がった、何とも気の抜けた言いようをしか
繰り返さなかったイエスだったけれど。

  怒らせたのだもの、嬉しいなんてのは言い過ぎ。
  でも、じゃあこれって、何ていう気持ちなのかな?
  困ったなぁ、そんなに語彙がないんだもの、と

ブッダのお怒りの方向のみならず、
そこへも困ってだろう、
そんなこんなに甘く微笑っている彼だったようで。

 「…うん、ありゃって思ったの。」

繰り返しつつも、ふふと微笑ったお顔の嬉しそうなこと。それに、

 “……あ、これ。////////”

布団を直すイエスの身から、ふわりと届いたのが、
何とも優しい、穏やかな香りで。
通り過ぎてくのを待ってと引き留めたくなるほど、
あまりにささやかすぎて、確かめさせてはくれないのが唯一不満な、
清かで落ち着く、清楚なバラの香。

  やはりやはり、
  間違いなくイエスから香る匂いだったようだと。

その折にも感じた不思議なバラの香。
どうしてだろう、
いつもいつも香るというものじゃあないからかな、
こうやって感じるとすごく満たされた気持ちになれる。
今も、あんなにキリキリしていたのが嘘みたいに、
それは穏やかな気分となってしまったし、

 「ほら、もう少し寝ていてね。」

お兄さんぶって、
ぽんぽんと布団の上から叩いて見せたイエスには悪いとしつつ、

 「あの、着替えたいんだけれど。」
 「あ………そうなの?」

汗も止まったし、これはやはり熱が下がったせいだろう。
直接的には梵天の手柄かもしれないが、

 “ありゃって。…何なんだろうね、それ。”

頼もしいんだか天然なんだか、
具合の悪さも不愉快も、一気に吹き飛んでの、
くすくすという笑いがなかなか止まらなかったブッダだったのでもあった。




     ◇◇◇



卓袱台を置くためのスペースを片付け、
台ふきんで天板を磨いてと、
下準備のほうを手掛けるイエスなのをちらと見やりつつ。
炊飯器のタイマースイッチが切れる合図へ、満足げに微笑むブッダ様。

 “そういや、あのお粥は美味しかったなぁ。”

梵天を追い返してしまったことから、
再びイエスしかいない看病役となってしまい。
多少は気も張って来つつあるブッダが
食事の支度をと起き上がりかかったのへ、

 『あ、大丈夫だよ。』

ブッダ愛用の高性能炊飯器は、
何と美味しいお粥もお手軽に炊けるらしく。
液晶画面の指示通りに
米を洗ってセットして、水加減を調節しスイッチを入れただけで、

 『…本当だ。お米の甘みがよく出てて美味しい。』

それもまた回復しつつあったからだろう、
食欲の出たブッダへ安堵して、よかったよかったと感激し、

 “鉢やお皿をまた何枚か、パンにしてくれたんだっけね。”

う〜ん、油断も隙もありゃしないと。
そんな余計なおまけまで思い出したものの、
そんなマイナスファクターへお顔が引きつったのもほんの一瞬だけ。
鼻歌交じりに田楽用のみそをすり鉢で合わせ始めたブッダだったのへ、

 “連れてかれたら ヤダとは思ったさ。”

こちらはこちらで、
そりゃあ楽しそうに料理に勤しむ、大切な友を盗み見つつ。
あの逞しくも強腰な天部の幹部様を、
頼りにはしたけれど、あとあとになって どっと冷や汗が出ちゃったこと、
今更ながらに思い出していたヨシュア様だったりし。
カッコ悪いから言う気はないし、
何よりも…あの人の名を出すとブッダの機嫌が悪くなるので、
蒸し返さない方がいいことを、今日の騒ぎで再確認。

 「イエス、今夜はハムも食べてね。」
 「あ、うん。判った。」

随分と陽も長くなり、
まだまだ白々とした明るさに満ちている宵の入り口の、
閑とした空気の中での晩ご飯を目指して。
何とも他愛ない、されどそれ以上はないほど、
何とも仲睦まじい会話を交わしつつ。
ほんわかと柔らかで、いかにも幸せそうなシルエットを窓に滲ます、
尊き聖人のお二人だったのでありました。







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  *原作でいくと、
   梵天さんが『悟れアナンダ』の原稿依頼に迫りくるよになるよりも、
   順番としては 前のお話となってしまうので。
   ブッダのこと、
   先生とつけない呼び方にさせております、悪しからず。

  *あ、今確かめたら、
   あの高性能炊飯器を秋葉原で買ったのも
   熱を出した大分後みたいですねぇ。
   迂闊〜、どうかご容赦を〜〜。

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